【アルバム】農家生活_山の仕事・炭焼き
id | 38380497131 |
---|---|
name | uhya_003 |
description | 写真題名: 撮影年月:昭和年月 撮影場所: 撮影者:内田 宏 概要:昭和30年代頃まで、木炭は暖房や炊事の燃料として生活に欠かせないものであった。 その木炭を作る炭焼きは山村農家にとって大事な現金収入の道であった。昭和のはじめの農業恐慌の時に副業として推奨されてから普及した。 主に農閑期の冬場の労働であったが、炭焼きを専門とする農家もあった。主に個人持ちの山に入り、窯を作り、原木を切り出して炭を焼いた。原木が足りない時は、県有林や恩賜林の材木を払い下げて貰うこともあった。 炭焼き窯は山陰の水はけの良い風の当たらない場所を選んで建てる。原木を集めやすいことが第一条件で、そこで寝泊まりもする。 炭焼きの窯は簡単に言えば土を使って作った密閉空間である。窯の口には焚き口、尻には煙突を設ける。床面には細い原木を敷き詰め下木とし、原木の下部を燃えやすくする。山で集めた原木を同じ長さに切り揃え、窯の中に隙間なく並べる。原木の上には上木とを並べ、燃えやすい天井部に当たる原木が灰になりにくくする。 点火することを火入れと言うが、火入れをしてから3、4日経つと白かった煙が空色に変化し、窯の中の原木全体が完全に燃えだして赤々となってくる。そうなったら、わずかな隙間を残して窯の口に蓋をする。しばらくすると窯の火は消えかかるが、より良い炭を作るため焚き口を開いて再度燃焼させ、その後完全に窯の口をふさぐ。これを火止めと言う。火止めから3、4日おいて炭を搬出する。 木炭は、高度成長期になって使い勝手の良い電気・灯油・ガスにとってかわられた。 参考資料:三富村誌、岩波写真文庫「村と森林」 |
date_taken | 2008-09-14 09:59:25 |
date_imported | 2017-11-12 21:55:39 |
photopage | https://www.flickr.com/photos/131481189@N04/38380497131/ |
original | https://live.staticflickr.com/4537/38380497131_f477de3712_o.jpg |
license | All Rights Reserved |
privacy | private |
safety | safe |
tag | NPO法人地域資料デジタル化研究会 山仕事 山梨県 炭焼き 内田宏 農家生活 |
| アルバム一覧 |